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グランドラインは、緯度的には赤道直下にありながら、先にも述べたように様々な気候の海域がアトランダムに並んでおり。総合的な四季の巡りは他の土地とも似たようなものでありながら、例えば“夏島海域”の真夏は、灼熱どころじゃあない“炎獄”クラスの途轍もない代物になるので、それなりの装備がないなら避けた方がいい。逆に冬場にあたる頃合いに“冬島海域”に入るのならば、それなり覚悟が要るぞとか。そういうただならぬ環境下を、目茶苦茶な順番で通過しなくちゃいけない航路でもあるのが厄介で。
「夏と冬が隣り合ってるトコでなんて、
どっちかの地獄は味わうカッコになるもんな。」
夏島海域を涼しい冬の気候のうちに通過出来たとして、隣が冬島海域だったなら、そっちへ突入した途端 極寒地獄に見舞われるワケで。
「そういや先月の頭に通ったのがそういうところじゃなかったか?」
「フレイア、詳しいな。」
「だってさ、
長逗留用の施設やコンドミニアムが、やたら目立ってた土地だったじゃないか。」
懐ろ事情が許す旅をしているお人なら、苛酷な時期はやり過ごそうって思うもんじゃないかなと。さすがは年長さんで、わざわざ調べた訳でもないままに、そういう事情を酌み取っていたらしく。暦の上では初夏から夏へと移り変わる頃合いの中、比較的のんびりした航路をゆく現在の彼らとしては。次の港もそういう過ごしやすいトコならいいねなんて、香りのいいお茶なぞ楽しみつつ、お気楽な話に沸いていたのだが、
「次の島の港も、何だかお祭り騒ぎになってるらしいよ。」
午後のお茶を皆でお楽しみの甲板へ、主柱の見晴らし台に上がって風向きや海流なぞを調べていた航海士さんが、するするするっと降りて来て、その耳へと差していたイアホンを外す。島が近いか今朝からささやかに電波を拾っていたのでと、小さなラジオを持って上がってのついでに聞いていたらしく、
「ここいらでは恒例の、星のフェスティバルっていうのを催してるんだって。」
なかなか小粋なお兄さんのフレイアが、躾けのいい白い手でどうぞと差し出す涼しげなグラス。露をまとったスリムなそれには、クラッシュアイスを満たした中へとそそがれた、琥珀色した紅茶が、トロピカルなシトラスをお供に品よく香っており。よく晴れた海の上を吹き抜けてく風になぶられ、すっかりと乾いてしまっていたらしい喉を潤すには打ってつけの御馳走。細いめのストロー二本が差してあったのは、小さな氷に邪魔されぬようにという心遣い。ごくごくお飲みという、ありがたい趣旨に甘えてのこと、一気に数センチほども水位が下がった、なかなか勇ましい飲みっぷりを披露した衣音くんへ、
「星のフェスティバル?」
どっかで見るか聞くかしたなと思ったのだろ、ニュース・クーが売りにくる新聞に挟まってたチラシの束を、手近なところに据えていたマガジンラックから引き抜きながら訊いたベルちゃんへ、
「ああ。星の女王を選んだり、
島の名物の大食い競争とかあったりするお祭り騒ぎで、
数日前から、現地の人たちの間での競争の予選だとかが始まっていて、
僕らが到着するだろ明日が、ちょうど祭りの当日にあたるんだって。」
交易部門の中、物流よりも観光を柱としている風光明媚な港だそうなので。そういった祭りが盛んなことでも有名で、見物客も多く。そんな中からの飛び入りも多数受け付けているのだとか。お耳は話を聞きながら、刷りの悪いチラシをぱらぱらめくって確かめていた少女の手が止まり、
「これだわ。」
シャーリングの利いたサンドレスの襟元に触れるほど、小さな顎先を少し引いての感慨深げに眺めやった紙面へは、ちょっぴりレトロなタッチのイラストがちりばめられてあり。饅頭だか粉もののお焼きだかの大食い大会や、町中に隠されたボールを見つけて賞品と交換できる“宝さがし”に、女王様を選ぶコンテストなどなどがあるよと、それは楽しげに紹介されている。何たってまだまだ幼いくらいに若いクルーぞろいの船だ、そういう催しのにぎわいは嫌いではない…筈なのだが、
「やぁねぇ、そういう頃合いって、
物価に関係なくあれこれお祭り相場になってて高くつくのよねぇ。」
この顔触れの中、宝石や骨董への目利きの才が飛び抜けていることから自然と“財務”を担当しているベルちゃんが、少々お声のトーンを下げており、
「買い物はやめといた方がいいわね、これは。」
島や港では、消耗品や食料を補充するのがまずはの基本…だとはいえ。無駄に高額のもので揃えるというのも馬鹿馬鹿しい。生え抜きのお嬢様だったベル嬢も、そろそろそこいらのお勉強が身に馴染んできたらしく。やりくり上手な会計担当というところを発揮したかったらしいお言葉を発したものの、
「上陸もしねぇの?」
せっかく楽しそうなのに?と、こちらはお祭り騒ぎのお好きな船長さんが“それはないぞ”と言いたげに訊く。航海も楽しいが陸には陸ならではのお楽しみもある。立ち寄った先々を見て回るのもまた、航海という旅の立派な目的でもあって。なあなあというお顔になった少年船長へ、だってのに平然とジョウロをぶつけて謝りもしなかった剛の者、鑑定士さんのお返事はあっさりしたものであり。
「揚がってしまうと、ついつい何やかやとお金を使ってしまうじゃない。
ログだって半日で溜まるっていうし…。」
何よりも。これはのちのち判ったことだが、実はこの直前に立ち寄った町にて、その土地特有の小さめの桝での単位だったのに気づかぬまま、微妙に高い相場で燃料を補給してしまったベルちゃんだったらしくって。バレたって叱ったり囃したりするような顔触れじゃあないってのに、他でもない自分でそれとの採算を早いとことっておきたかったらしくての、柄にもない倹約発言だったのだが、
「けど、女王になったらその賞金が50万ベリーって。」
「…………。」
関係者に高額バウンティが山ほどいる顔触れだけれど、物の物価というものを、地味なレベルできちんと把握出来てる彼らなだけに。これを見逃すのか?と訊いたキャプテンだったのであり、そして、
「一等賞に選ばれるって判り切ってるものへの参加ってところが、
ある意味 大人げないってもんだろうけれど。
もらえる50万ベリーをみすみす見逃す手はないわよねぇ。」
いかにも、しょうがないわねぇ“そんなに望まれているのなら”判ったわ参加しようじゃないのという方向で、前言をさりげなく撤回してしまったところなぞ、
「相変わらずいい性格だvv」
「うんうん。」
フレイアは心から微笑ましいと思ってのこと、そして船長さんは“やたっ、大手を振って 上陸出来んぞ♪”と思ってのこと、弾んだ声で讃えて差し上げている辺り。やっぱり…平和というか、剛毅なクルーたちのお船であり。衣音くんにも異存は無しということなので、それじゃあ全会一致ということでと、上陸することが大逆転で決まった訳だが、
「……ふ〜ん。」
それじゃあ、それなりの準備が要るわねと。打って変わっての大乗り気、どんな審査かまでは知らないが、女王を選ぶコンテストへも参加するなら それなりのお粧(めか)しもしなきゃあと。背もたれや座面へ籐を編み込んだ、いかにも涼しげなチェアから立ち上がりかかったベルちゃんが、だが、何へだか感心したような声を洩らした船長殿なのへと気を留めた。
「どしたの?」
その手へチラシを持っている彼だったので、彼は彼で何かしらの催しに関心でもわいたかなと感じての声掛けだったのだが、
「うん…そういや、ベルの母ちゃん、凄げぇいい女だったんだろ?」
「はあ?」
だったんだろ?って、確かあんた、ウチのママのこと覚えてるわよね?と。そのママから、ああ あの二人の息子じゃないのとまずは見定めていただいた側だった坊やへ、ベル嬢が聞き返せば、
「いや、覚えているサ。綺麗な人だったのもな。」
視線を上げてにっぱしと笑ったお顔は、至って屈託のない元気なそれであり、
「ウチの母さんも言ってた。ウチのクルーたちはそりゃあ別嬪ぞろいだったって。ただ、若いうちの早い目にその顔が賞金首として知れ渡っちまったから、コンテストや何やと参加出来ずじまいだったのは惜しいことしたなぁって、何かの折に話しててさ。」
関心なかったのか、滅多に“美人だったのいい男だったの”っていう、見栄えの話はしない母ちゃんだったから。それが稀なる引き合いに出してたってことは、
「見栄えだけじゃない。
気っ風がいいとか威勢が良いとか、
そういうおまけも大きに凄かったんだろなって思ってサ。」
そんな人の娘なんだから、ベルが美人なんなのも当たり前なんだなぁと。何よそれ、褒めてるつもり? お? そうと聞こえたか、しょってらぁ。何ですってぇっ!…と。今度は船長殿が“あっかんべえ”をし、鑑定士さんが追いかけるという鬼ごっこが始まってしまい。
「…もしかして判りにくいが、ジョウロをぶつけられた意趣返しだろうか。」
「あ、フレイアもそう思います?」
本人も企んでまではないと思うんですよね。でも、そういうのを投げ合わずにはおれない辺り、まだまだ子供ですよねぇと。余裕の笑みを浮かべつつ、ゆっくりとお茶を堪能している衣音くんは衣音くんで、妙に大成というか老成したところがあるのがまた、個性のある子で面白く。
“ホント、退屈しない子たちだよねぇ♪”
これもまた島が間近い証拠だろう、どこからかカモメの特長ある声がして、白い翼の陰がさあっと頭上を横切った。船が陸地に着くのは、今宵か、それとも晩を沖で過ごしての明日の早朝か。次の島ではどんな騒ぎになるものかと、やわらかなグレーの髪を潮風にたなびかせ、何とも楽しげに笑った、何でもこなす器用なお兄さんだった。
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